遠い日の思い出

ある時私は突然ある衝動にかられた。
それは私の中から突然現れた一つの言葉から始まった。
それは「生きがい」という単純な言葉であった。しかし私にとっては今まさにもっとも必要な思いであった。私は自分の一生が平凡で劣る事も勝る事もなく、満足はしていないが不満を抱いているわけでもない。上を見ればきりがなく、こんなものだろうと自分で納得していた。しかし、不思議なもので私の中から湧き上がった今の自分にとっての「生きがい」と言う言葉に私の何かが動かされたのだ。
私にとっての生きがいは何なのだろう。
私は何かとても大切なものが自分には足りないのでないか?そんなふうに考えるようになった。そんな自分に今までにはない好奇心のようなものがどんどん出てきて、それは私にとっては何故だか未知の想像が広がって楽しいものであった。
生きているだけでは、生きがいとは言わない。私にとっての生きがいは何なのだろう?
そんな事を毎日 思考していた為か、ある日私は夢を見た。
それはまさに自分の生きがいを見つけた夢であった。
夢の中で私はとっても貧しい生活を送っていて、食べるものも着る者もみすぼらしい物で今の私から見れば可愛そうな自分と言うイメージしかなかった。
しかし、その映像に出て来る私は、とても楽しそうだった。
何がそんなに楽しいのだろうと思っていると、自分の周りには同じようなとても見るからに綺麗とは言えない容姿をした沢山の年齢の人達が集まり、家族が沢山いるように見えた。
そして誰もが楽しそうに微笑んでいる。
とても生き生きとした光景だった。
私は、この夢を見てから自分に足りない何かが分かったような気がした。
私は本当に楽しいと感じる自分としばらく出会っていない。そして自分の生きがいが分かっていないと言う事だった。
私はもっと心から楽しんで生きたい。あの夢のように沢山の人と心から笑いながら生きることが私の生きがいと言うことなのでは無いかと直感した。
私は、ただ毎日の中で生きて来て楽しい自分を忘れかけていたのではないか。
本当はあの夢のように心の笑顔を持った自分がいるのではないか。と言う思いになった。
その日から私の生きがいは自分が楽しくある事。それには笑い合う仲間が大切である事。
生きている以上に私は生きがいを実感して見たい。そう、心の笑顔の自分を取り戻したいと願うようになったのです。

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