出会いとはどこから出てくるのかどこからやって来るのか?
不思議な話をしたいと思います。
出会いの発生の地はどこだと思いますか?
あなたには見えない所、あなたの内なる場所、天国と例えて見ましょう。
あなたは天国にいて素晴らしい仲間に沢山に囲まれ満たされた思いで毎日を過ごしていました。所が、ある日思いもかけない事が起きてしまいました。
ある一人の魂がこの場所から逃げ出したいとそっと囁いて来たのです。
その魂はこの世界よりも違う世界で自分を確かめて見たい、自分がどれだけのものなのか確かめて見たい、そう言って来たのです。
私は言いました。「この世界ほど良い場所はないだろう?何が不満なんだい?」
その魂はこう言いました。「私は私である事にあきてしまったのさ。だからもう一度自分を観て体験したいんだ。」
「ここより、良い所なんてないだろう?」
「私とあなたはもう一つだから何も言わなくても全て分かり合えるし、お互いが素晴らしい存在だと実感できる。でも、違う人とだったらどんな気持ちなんだろう?確かめたくなったのさ。でも、少し心配なんだ。だから最愛の友であるあなたが私がどうなったか後から確かめに、私を捜しに来てくれないかい?」そう言ってきました。
私は、そんな一人の魂の思いを叶えてやりたくなり、約束をしました。
「必ず、あなたの世界にお邪魔してあなたのそばに現れてこう言うよ。」
「あなたは誰だか覚えている?私はあなたの全部を知っている。あなたはとても素晴らしい人なんだよ。」これで良いかな?
「ありがとう。本当に約束したよ。」その一人の魂はそう言って姿を消してしまいました。
こんな天国での約束がこの世で幾つもの出会いを果たしている。
神話のような話だが、あなたの家族の一人一人がもしかしたらこの世で出会うべき約束をした仲間達だったりするかもしれないね。
神話はあなた達が創りだしたものである。そう思うと神話はあなたの生活の中で生きている事になる。
正しく神の世界から一休みをしにやって来ているこの惑星なのかもしれないよ。
未知なる遭遇・これからの出会いが楽しみになって来ただろう?
私もあなたもこうして今出会った事になる。この約束は無数の糸で結ばれているね。
どんな約束をした仲間が回りにいるのか知りたくなって来ただろう。
あなたも、この仲間の一人一人を探って行くと自分のいた場所を誰かが教えてくれるかもしれない。楽しくなって来ただろう。
出会いは沢山あって良い。そう思うだろう。
大愛と聞いて答えられる人は少ない事でしょう。
何故なら皆知らずにこの大愛の中に既に存在してしまっているからなのです。
中にいるから感じられない大きな器、そんなふうに捕らえると解り易いかもしれません。
皆、それぞれに愛を求めて生きています。報われない愛・想像する愛・実らぬ愛。
親子の愛・夫婦の愛・沢山の愛が存在し、様々な形で事を起こし苦しみまたは慈しみこの世に現れています。そんな愛を見て感じて体験してあなたはある事に気づくはずです。
「愛とは真実の愛とはどんなものなのだろう?」あなたの見える相手に対して愛を求めても返ってこない時、こんな疑問が皆生まれて来るのではないでしょうか?
あなた自身が求める愛は、あなたの思いを満たしている愛・希望を叶えてくれる愛でないと、あなたは愛が足りない、愛していない。そんなふうに感じていることでしょう。
あなた方が求める愛は、個人的な愛、自分を満たす為の愛なのです。
そんなひとり一人の愛が叶うとしたら、皆仏様のように全てを受け入れてくれる別の世界に移らなくては叶う事はないでしょう。
愛してもらうには愛を良く知らねばなりません。
この世が今乱れているのは愛を知らない人がまるで愛を実践しているかのように偽りの愛を伝え、事を成して来たからなのです。乱れた世界は愛が偏満していないから起きてくる現象なのです。
愛するとは一体どういう事なのでしょう?
愛するということはあらゆる物の心の声を聞くという事。全てのものをしっかりと心の眼で見つめるという事なのです。
愛には形がありません。形のないものはどこで判断するのでしょう。
心で判断するのです。心で感じて心を(思い)返す。
心を返すとは、慈しみの思い・労わりの思い・愛しむ思いを投げ返すという事です。
あなたがそんな思いで自分を見つめられたらあなたの心はどうなるでしょう。
愛の思いの人からは愛の波動が流れて来ます。なんとも心地良い気持ちになります。
愛をたとえて言うなら太陽になります。
太陽を見てこんな太陽は要らない、憎しみや怒りの念を返す人はいないでしょう。
誰にでも暖かく同じに降り注ぐ光、暖かい日差し、様々なものに生きる為の養分を補う事ができる。太陽は大きさを現し・強さを現し・美を映し出し・無限光を降り注ぐ。
愛には大きさが必要なのです。
相手を見つめ許す大きさ。喜びを与える大きさ。あなたの心に入りきれない程の相手を包み込む愛が必要なのです。
愛の視線は自分ではなく、あなたを被う全ての人に対して注がなくては愛の源が愛を教えてくれません。愛する事はあなたから発せられるのではなく、大愛から発せられている事を知らなければなりません。大きな源から愛が溢れ注がれて来ません。
大愛とはあなたに本当の愛を与えてくれる源なのです。
そんな大愛の中にあなた方が既に存在している事を知る、それがあなたに愛を教えてくれる答えとなる事でしょう。
あなたも自分の心(気持ち)と良く会話をしているでしょう。
あなたに自分という真なる友達がいてくれる事はこの上なく素晴らしいことです。
本当のあなたを理解してくれるのは、本当のあなたを知っているあなたの心だからです。
あなたの醜い思いも、執着した思いも、淀んだ思いも全てあなたと共に感じ共に次の瞬間を作り出しています。あなたは、他人には自分を隠しても自分の心には隠す事はできないのです。
あなたと共にあなた自身を最大限に理解し知り尽くしている自分という鏡、それがあなた自身の心であると言えるでしょう。
あなたは自分の心に背いて生きているつもりでも、あなたの心はあなたから決して離れる事はありません。あなたにそんな心という存在が確かにあるという事はなんと素晴らしい事なのでしょう。
見えぬものの意味を理解するには、まず自分の心を探って見る事から始めて下さい。
あなたがもしあなたの心が自分自身のものであり、あなただけのものであると思っているなら、あなたと心は一体であると感じているからでしょう。
又、あなたと心は別のものである。あなたが悪い想念を発したら嫌われるそんなふうに感じている人は、心が自分と分離して自分自身を観察している、分離感をもっていると言う事になります。では、どちらの方が幸せであると思いますか?
どんな時もあなた自身をさらけ出し見方でいてくれる一体感をもっていると感じている人は心強いに違いありません。
自分がこんなことを考えたら、こんなふうに思われる自分を常に心に評価されていると感じている人は、気持ちが開放されることなく、苦しくてたまらなくなる事のほうが多いはずです。あなただったらどちらを選択しますか?
あなたにとって心という存在がどんなに大きく暖かいのかをあなたに知らせておかなければなりません。あなたにとって心とは、なくてはならない最大の友だと思って下さい。
あなたが苦しんでいる時、あなたが心の声を聞いて見て下さい。
あなたが最愛の友であると確信し答えを求めたなら必ず愛する思いを癒す言葉を投げかけてくれるはずです。あなたの思いの一つ一つを理解し勇気を与えてくれるはずです。
そんな関係になるには、あなたの心に対する思いが必要です。
あなたが心と言う存在に感謝できるか、生きると言う証(心の存在)を尊ぶ事ができるかと言うことが重要になってきます。
そんな暖かい心の答えを求めたかったら、常に自分と心は一つである事。どんな時も見方でいてくれる絶対の友だと(自分自身)思う事が大切なのです。
あなた自身があなたの心に癒される、そんな瞬間はなんと素晴らしいことでしょう。
あなたの心の答え、あなたを最大限に愛する気持ちを是非受け取って見て下さい。
あなたにとって生きがいとは?
あなたの人生に生きがいという思いが存在するならば、それは生きる為の確かな確信・真実を求めているからに違いありません。
皆、それぞれにこの生きがいを見つけ出し、今生を楽しく思いを残す事無く終えたい それがごく普通の考えであると思います。
生きがいのない人は、生きる価値がないと自分を否定している人か、自分を愛せない人ではないでしょうか。それぞれの生きがいは、それぞれの生き方・考え方に見合って創られているのでしょう。
もし、あなた方に生きがいが皆同じに当たり前のように与えられていたならば、皆が自分は人間であると認識しているように、私の生きがいは・・という答えも同じだったかもしれません。しかし、答えを与えなかったのは何故でしょう。
生きがいとは、生きることにおいて自分が定めた決まりのようだと思って頂くと解り易いかもしれません。生きる目的が皆同じならば、人間としてここに存在しなかったかもしれません。あなた方一人一人の生きがいは既に生まれる前から決まっているのです。
生きがいが、目的がなくこの世に存在していないものはございません。
生きがいをもってこの世にやって来たとするならば、生きがいはあなたの最大の目的でもあるはずです。しかし、この世の欲を満たす生きがいと勘違いしてはなりません。
真の生きがいに気づくには少し時間がかかってしまうのです。
この世の生きがいに到達してみて、何かが違うと真実を追究するものもおりますし、生きがいが見つからず長い年月をかけて人生を経験しやっと生きがいを見つける人もおります。
生きがいはこの世を手にしてから(理解してから)でないと見つからないのかもしれません。
生きがいという言葉には沢山の思いが込められています。
“自分自身が生きる為に、この世での目的を果す為の誓い“
“あなたが一番輝く為の答え”
“あなたがこの世での働きを達成する為の目的”
あなたもこの答えが知りたいと思うでしょう。
誰もが持っている、生きがいその意味をあなた自身にあって確かめて見て欲しいと願います。
甦りとは何をもって甦りとするのでしょう。
甦るとはあなた自身の再生の事をさしているのですか?
あなた自身が再びこの地上に戻ってくる事が甦りなのですか?
甦るあなた方は、自分が何なのかを知らずにこの世に降ろされる為、生まれた場所を見失い還る場所が解らなくなり、仮の生地を作り出しているのです。
甦りではなく、迷走しても戻る場所がわかない、出生不明の状態でございます。
あなた方は出てきた所が分からないのに、自分や他人を誰かの甦りだとか、生まれ変わりだとかを口にされるでしょう。良く分からないけれど自分は生まれ変わっている事をどこかで認識しているのです。良く分からないけれど「自分は甦ってこの世に来た。」事を納得しているのです。
ここで言う本当の甦りとは、あなた自身の再生のことでは無く、本当の甦りとはあなたが真の思いに戻る事をさしています。
あなたの甦りは一つなのです。分裂していなのです。
あなたが本当に甦った時、それはまさしく私と同じということなのです。
ですから、あなたの甦りは今ここに存在している事になるのです。
あなたは甦ってこそ今ここに存在しているのです。
ですから一つである事を知るのに、甦ったあなたに出会うのに、時間はかからないのです。
もう一度死を向かえ還って来る必要はないのです。
甦りとは「本当のあなたを知る生」そう伝えて置きましょう。