著者コメント

「2004/4/13国と国との争いは・・・」に対してコメントいたします。

国と国との争いには、背後に政治/宗教/経済などの利権が存在しています。
政界/宗教界/経済界のリーダー達が本質的な愛を見出せば、争いは軽減される事でしょうが、根絶はできないでしょう! 我々地球人全体の思いの中に、争いの思いが内在していれば、その思いを時代のリーダーを通して実現していく事になる筈です。想いは実現の母です。
ですから、世の行方を政界/宗教界/経済界のリーダーシップに依存するのではなく、自分が自分のコントロールできる自分の思いの中に、無闘争と全愛の思いを高めていき、日常生活の中でそれを実践していく事が大切であると思うのです。
自分の心から争いの思いを根絶させ愛を高める事意外に本質的な平和を創造する都合の良い手段・方法があるでしょうか?
ルールを決める事で一定の水準に一時的に至る事はできるでしょうが、心に潜む争いの思いが存在する限り、芽を出す時が来るのです。
霊的な高さを求める皆様には、この事が理解できる事と思います。
争いの思い・自我の思いを根絶する事は容易な事ではありませんが、心ある人達が手をつなぎ、自主的に実践し、今生を愛一元の人生としていきましょう! 皆で愛の塊(かたまり)となりましょう!
愛の国を実現する為に、そしてご自分が愛の塊(こん)となる為に、どうか皆様の自主的な愛の力を貸してください。

『ハートと思考』

『ハートと思考』
人間はどうしても脳で思考をしてしまいますが、愛は思考ではなく、ハートに湧き上がるものであり、湧き上がった愛のエネルギーを与える為の手段を脳で思考し、愛の行為として現象化させていく事で魂と肉体の役割分担を果たし、魂と肉体のバランスの取れた愛の人生を歩む事が叶います。
思考する事は大切な事なのですが、ハートからの愛の伴った思考が更に大切です。現代人は、善し悪しを思考し、まだ起きてもいない先の事を思考しては不安を抱き、自らを自らで不安や恐怖に陥れ、自縛してしまっている人が多いのではないでしょうか。
善し悪しはハートで感じ、脳で分析し、判断したいものです。私たちの毎日に起きてくる出来事は、私たちを成長させる為に発生しています。必要必然で発生していますから、将来を思考で不安視しないで、出来事が起きた時に全身全霊で出来事に向かい、対処していく事が自然です。まだ起きてもいない将来の事を思考して大切な時間を不安・恐怖の心で生きるのは、折角与えられた今回の人生の貴重な時間を勿体無いものとしてしまいます。
心に愛を満たし平安な心で積極的に有意義な人生を歩みたいものです。
『ハートを愛で満たす』
なかなか難しい事だと思っている人が多い事と思います。
私はハートに魂に呼びかけます。
「私のハートが愛で満たされ、私の肉体を通して愛を顕現させて下さい。そして人類の役に立たせて下さい。あなた(神)の役に立たせて下さい・・・」
すると私のハート(魂)から答えが返ってきます。
「あなたは常に私と共にあり、どんな時も一体なのです。その私を認め受け入れなさい、私を受け入れれば私はあなたを私の愛で満たせます。私としてのあなたを体現できます。私をあなたのなかにあなたとして受け入れなければ私はあなたに体現できないのです。私はあなたであり、あなたは私であるからです。」という感じです。
精神世界に興味を持っている方は、知識としてこの事を知っていますが、「特別な方々のみ交信ができるのであって、自分には出来ない!」と、決めている方が多いのではないでしょうか。
私は妻を通して神と会話を始めて3年ほどになりますが、私自身が自分の内側と交信するようになったのはつい最近の事です。私も最近まで特別な方のみができる事だと思っていました。しかし私も交信できるようになりました。ですから皆さんも交信できるようになり、愛で満たされます。
大切な事は、
①自分のハートの中には自分より遥かに素晴らしいと思われる、もうひとりの自分が実在する事を確信する。そして人間と会話するように会話してみる。多くの方は知識で知っているけれど確信していません。本当にもうひとりの自分がいるんだ!と思って下さい。
もうひとりの自分は神と直結していますので、神の愛が流れ込みます。
②そのもうひとりの素晴らしい自分も自分なのだから、自分も素晴らしい自分である事に気付いて下さい。そして自分を愛して下さい。皆さんは一人ぼっちの孤独者ではありません。自分の素晴らしさを愛する事は他人の素晴らしさを愛する事に繋がります。自分のように他人を愛せれば素晴らしい地球になるでしょうね!
③私たちの霊的部分は、肉体の寿命を超えて生き続けています。今回の人生は、霊的生命の自分から観れば、一時(いっとき)に過ぎず、更に自分が成長する為に与えられた(選んだ)人生です。ですから、悪い事は何ひとつ起きていない事を理解してください。悪いと思われる出来事は、自分の心の位置を高める為に起きてくる現象に過ぎません。ですから苦しいと思われる出来事が現れたら、良くぞ来てくれたな、成長の肥やしよ!と言って乗り越えて行きましょう。
④光と自分の間に100枚もの細かい網が掛かっていたら光は自分に差し込まないでしょう。その網(自我・捉われ)を一枚一枚取り除いていくとやがて木漏れ日(真我)が差し込みます。更に網(自我・捉われ)取り除けば大きな光が差し込むでしょう。そして全ての網を取り除いた時、自分と光は一体となり、自分自身が光(真我)となります。神の愛と光を100%受け100%放出できる存在となるのです。ですから捉われという網をいまの今、一枚一枚開放しましょう。
⑤上記①②③④などを他力観念を捨て自力で瞑想や行為を通して実践し続ける事が大切。何故私には顕れてくれないのか?やっぱり駄目か?と諦めてしまう人が多く居ますが、諦めずに祈り続け、実践し続ける事が大切です。そうすればいつかあなたのハートに愛が溢れる時が来ます。愛が溢れれば、嫌いな人は存在しなくなり、種々の捉われから解放され全ては有難くなり平安で心豊かな感謝の人生が送れる様になります。

遠い日の思い出

ある時私は突然ある衝動にかられた。
それは私の中から突然現れた一つの言葉から始まった。
それは「生きがい」という単純な言葉であった。しかし私にとっては今まさにもっとも必要な思いであった。私は自分の一生が平凡で劣る事も勝る事もなく、満足はしていないが不満を抱いているわけでもない。上を見ればきりがなく、こんなものだろうと自分で納得していた。しかし、不思議なもので私の中から湧き上がった今の自分にとっての「生きがい」と言う言葉に私の何かが動かされたのだ。
私にとっての生きがいは何なのだろう。
私は何かとても大切なものが自分には足りないのでないか?そんなふうに考えるようになった。そんな自分に今までにはない好奇心のようなものがどんどん出てきて、それは私にとっては何故だか未知の想像が広がって楽しいものであった。
生きているだけでは、生きがいとは言わない。私にとっての生きがいは何なのだろう?
そんな事を毎日 思考していた為か、ある日私は夢を見た。
それはまさに自分の生きがいを見つけた夢であった。
夢の中で私はとっても貧しい生活を送っていて、食べるものも着る者もみすぼらしい物で今の私から見れば可愛そうな自分と言うイメージしかなかった。
しかし、その映像に出て来る私は、とても楽しそうだった。
何がそんなに楽しいのだろうと思っていると、自分の周りには同じようなとても見るからに綺麗とは言えない容姿をした沢山の年齢の人達が集まり、家族が沢山いるように見えた。
そして誰もが楽しそうに微笑んでいる。
とても生き生きとした光景だった。
私は、この夢を見てから自分に足りない何かが分かったような気がした。
私は本当に楽しいと感じる自分としばらく出会っていない。そして自分の生きがいが分かっていないと言う事だった。
私はもっと心から楽しんで生きたい。あの夢のように沢山の人と心から笑いながら生きることが私の生きがいと言うことなのでは無いかと直感した。
私は、ただ毎日の中で生きて来て楽しい自分を忘れかけていたのではないか。
本当はあの夢のように心の笑顔を持った自分がいるのではないか。と言う思いになった。
その日から私の生きがいは自分が楽しくある事。それには笑い合う仲間が大切である事。
生きている以上に私は生きがいを実感して見たい。そう、心の笑顔の自分を取り戻したいと願うようになったのです。

霊的成長と愛の顕現

魂は肉体という乗り物を選択し、何度も何度も転生を繰り返しています。
それは、肉体が魂の特質と同様なる振動に至るまで繰り返されます。
しばらくの転生では、霊的存在に興味を示しませんが、一回一回の転生の中で、魂の特質は徐々に変化していきます。
やがて自分の本質や神といった霊的存在に興味を示すようになり、裡なる追求が始まります。そして自我(自己愛)と真我(利他愛・全体愛)の戦いが始まります。
自我を克服するのは容易な事ではありません。心の写し鏡である現象から逃げずに克服せねばなりません。魂は神の特質を、肉体をもって顕現することを人生の目的としている為、現象から逃げても、自我を克服する為の現象は、克服するまで繰り返し顕れてきます。
今生で霊的成長を成すか否かは、自我を克服するか否かの個人の自由意志に委ねられます。しかし、今生で克服しなければ来世または来々生以降に持ち越しされる事になります。
さて自我と真我についてですが、マンホールを想像してみて下さい。水を真我とします。途中にゴミが痞(つか)えていると、水が詰まってマンホールから出られません。
ゴミを取り除いてあげれば、水は勢いよく流れ、マンホールから外の世界へと流れ出ていきます。自我を取り除いてあげれば、そこに流れるのは真我のみで、真我は内なる世界から外なる世界へと顕現していくのです。
では、どのようにして自我を取り除いていくのか? それは、自分の目の前にある現象の克服です。これから逃げずにひとつひとつ克服していく以外にありません。
同時に瞑想などを通して心を鎮め、裡(うち)を観つめていく事です。
この裡を観つめる瞑想と、自我を克服する実践を両輪として行っていく事です。
マンホールのゴミが取り除かれてくると次第に魂の特質が顕現されてきます。奉仕の心が芽生え始めます。裡を観つめる内観と奉仕の実践を両輪として成していく事で、さらに霊的成長が促され、やがて神の顕現体・肉体を持った神と化していきます。
肉体を持った神と化した時、地球と肉体を通しての魂の目的の段階が終了し、次の想像もつかない高いバージョンの始まりとなっていくようです。聖者と言われる先人は、皆この道を通っていかれました。

今、このホームページに訪問している皆様は、霊的存在に興味を示し、神を求め真我を追求されて、自身を光と化していく事を望んでいる方々です。
どうか皆様、自身の裡にある魂の存在を認めて下さい。その魂は神の特性を持ち合わせた存在で神と一体です。したがって神は我が内にある事になります。そして神は全てに遍満する為、自分と自分以外の全ては”ひとつ”である訳です。その神の特性・愛を顕現していきましょう!
多くの方は、神と自分が分離していると錯覚しています。この分離観を捨て一体感を受け入れれば、自分である他人を否定したり、争う必要が無い事に気付きます。
全ての争い事は、この分離観から発しているものです。 先ず自分自身がこの分離観を捨て一体である事を受け入れましょう。それこそが、人類の争いや貧困の解消の第一歩となるのです。
戦争やテロや経済や教育の現状を否定する事は、その存在を大きくする事にどうか気付いて下さい。
自分の裡に神を定着し、真我より奉仕の実践を成して行かれる事を、気付いた方から実践していきましょう!
私も微力ながら頑張りたいと思います。

この世は最高!!

“○○さん”と”みなさま”に送る著者”ひろし”からのメッセージ
この世は最高に素晴らしい!!

親子喧嘩ができる。親子で殴り合いもできる。親の愛情が伝わる時もある。そして親子愛に涙する事もある。夫婦喧嘩ができる。夫婦で解り会うこともできる。価値観の共有もできる。わがままもできる。許す事もできる。そして永遠の別れを体験する事もできる。

価値観の違う様々な人たちと出会う事ができる。価値観に議論を戦わせる事もできる。新しい仲間と出会う事ができる。仲間と別れる事もできる。仲間の心を傷つける自分の心を体験もできる。仲間に傷つけられる心を体験する事もできる。

仕事や勉学でピンチに立つ事もできる。チャレンジする事もできる。夢と希望を持つ事もできる。夢と希望に打ち砕かれる事もできる。予測もしない自分に出会う事もできる。

道に迷う事もできる。目からウロコが取れる事もある。後退する事も、前進する事もできる。悩む事もできる。悩む事から己を観つめることもできる。真実を観ようとする事もできる。

自己成長を望み、座禅に!瞑想に!入る事もできる。やめる事も、あきらめる事もできる。

過去にはない自分を演技して未知なる自分を体験する事もできる。

神は必要があってこの世を創造した。この一生で体験できるリミットは多くて80年から100年程度、私たちにあと何年残っているだろうか?霊に戻ったなら、次回の誕生までこの世は体験できない!死んでも私達は存在できる。しかし、この世の体験は不自由な肉体をもってこそできる最高の体験である。その体験こそが私たちの本当の成長だ!空想の成長ではなく事実の成長なのである。

さー、あなただったら残されたこの世の時間をどのように過ごしますか?

他人から観た自分の評価を心配し、いつも他に認められようとする人生をいきますか?自分の心に従った人生を歩みますか?残された時間で体験にチャレンジしてみますか?他を認め受け入れてみますか?さらなる勇気をもって事に望んでみますか?他のために役立ってみますか?地球環境の改善に自ら立ち上がってみますか?政治を変革してみますか?今日も今も餓死している子供たちに援助の手を差し伸べてみますか?次世代を担う子供たちの心を豊かにする教育を勇気を持ってやってみますか?

“私の”そして”あなた”の人生は自身の自由自在です。
あなたは、千載一遇の今生を、残された時間で何を体験してみるのでしょうか?
あなたの思うままで、最高の人生なのです。
あなたの過去を否定する必要はありません。
あなたの過去は、今と未来のあなたの為に存在しているからです。
あなたは、あなたにとっての最高の人生を、今、一刻一刻と歩んでいるのです。